Vistaと聞いて、ふと思い出した台詞。君主論は家に数冊あるのですが(いや、出張先でふと読みたくなるとついつい買ってしまうので...)、探すのが面倒なので、このサイトから転記しました。
「加害行為は、一気にやってしまわなければならない。そうすることで、人にそれほど苦汁をなめさせなければ、それだけ人の恨みを買わなくてすむ。これに引きかえ、恩恵は、よりよく人に味わってもらうように、小出しにやらなくてはいけない。」
やっぱ、Windows Vista の一番の失敗はこの原則に反したこと、変革と互換性をごっちゃにしてしまったことだと思ってます。
Mac OS X は、さんざ非難されたけど、Classic という仮想Mac の中にかつてのOSを封じ込めて、さらに CFM については別途ローダとライブラリ(というか本来のMach-Oのライブラリへのスタブ)を独立して用意させることで、UI的にだけシームレスに動くようにして、Mac OS X そのものに過去の悪習を可能な限りOSそのものに残さないようにしてました。まぁ、確かに時間的都合もあり CoreServices の中にはQuickTimeとか色々残ってしまったけど、それはこまめに叩きつぶされております。
「過去を切り捨てる」という、痛みを伴う改革をOSXへの移行時に一気にやってしまったので、もちろんその時には恨み辛みはでたけど、結果的に最低限ですんでます。
なまじ過去との互換性というものにとらわれた結果、Vista はどっちつかずになっちゃってる、そのせいでいつまでも変革の痛みを感じ続けなくてはいけない、それで駄目だと感じられてるとしか思えない、のです。例えばUI一つを見ても、Aero で色々変えてこれまでの「勘」が使えなくなることをしておきながら、あっちゃこっちゃで旧来のUIも残しちゃってるとか。Aquaみたいに、いっそ全部変わってくれればまだ楽なのに、とか感じてなりません。(同じことは Luna の時にも思ったけどさ...。結局みんな Classic スタイルをつかう羽目に。)
いっそ、Classic みたいに仮想マシンの中でXP動かして、シームレスなGUIだけを用意してあげて、過去との互換性を押し込めて、Vista はもう互換性を無視してがんがん好きなことをやった方が、MSも、開発者も、ユーザにとっても幸せな解決策だったんじゃないかなと思えてなりません。要素技術(Virtual PC, XPのライセンス)は自前でもってるのだからさ。
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