わざわざ plist を直接編集しなくても、
- systemsetup -setkernelbootarchitecture x86_64
- systemsetup -setkernelbootarchitecture i386
で、起動カーネルを 64bit か 32bit か切り替える事ができます。
わざわざ plist を直接編集しなくても、
で、起動カーネルを 64bit か 32bit か切り替える事ができます。
このサーバで rep2 を預かって運用してたりします。幾人かの知己と、それからたまに私が 2ch で調べ物をしてたりするときに使ってたりするのです。
で、とある時にその知己の一人から「書き込みができない」という指摘を受けました。私自身が書き込みをしないので全く気がつかなかったのですが、確かに PROXY 規制(1)とか言われて書き込めないですね。
調べてみると、どうも逆引きができないのが理由だったらしい。そいえば以前DNSのトラブルで逆引きができない時がありましたが、どうもその時にそうしたリストに登録されてしまったみたいです。
現在は正しく逆引きできるので、登録解除をお願いしてみました。
しかし、うちの場合、fussianasan でホスト名がまるまんまみえるので、ちょっと恥ずかしいですね(^^;
ふとここのログを確認したら、こんなところからリンクされてました。
まぁ、tumblr なんかでもそうですが、公開されている情報をリンクするのではなく剽窃して引用するのはごく当たり前のことになっておりますし、それに関しては別に気にもしてません。私自身忘れてたようなウェブページにリンクされているので、ちょっと便利かなぁとかも思ってしまいました。ああ、ただし酷道関連については、心当たりがないので、同姓同名の別人のものと言えるかと。つか同姓同名がそんざいしたってのでちょっと驚きかも(^^;
あと、「つながり」として関連する人の一覧にちょっと受けた。宮原さんには確かに色々と世話になりましたので、つながりがあるといえばあります。「人間エシュロン」(vm_converter氏談)との評価も高い、otune さんも知らぬ仲ではないです。知名度で言えば大差がありますが。法林さんとは会ったら挨拶する程度の面識は、あると言えばあります。(氏のあずかり知らぬところで実は色々と縁があったのですが、まぁ、それは置いておきます。)
あと、中田真秀さんとは一度酒飲んで意気投合したことはありますが...、あのさ、私みたいなヤクザと、あんな前途洋々の優秀な人を「つながり」と呼ばれると照れるというはちょっと恐れ多い気がします(笑)
それ以外は...、確かに ruby 1.0 とかそこらへんで ruby いじってて、せいぜい二,三十人程度の宴会ですむ頃の、もう何年も前の ruby 系の宴会とかには参加したし、NeXT/Mac OS Xで動作させるためのパッチ(ちゃんと MAB(Universal Binary)対応とか共有ライブラリ対応もしました)を送ったことがあるので、まつもとさんともお話はしたことはありますが、きっと向こうがもう私なんぞを覚えてませんよ。もはや殿上人ですから。
かろうじてわかるのはそこまで。もじら組? ...えーっと、どっかのMLで喧嘩したことならあった気がする(ぉぃ)、って程度です。もじら組所属の国府方さんのようにすてきな方もいらっしゃいますが、個人的なお付き合いで、もじら組そのものとは特に縁がないです。
下のリストには存じない方もいれば、NetBSD界隈で知らぬものなき許(ほ)さんとか塩崎さんとか、砂原先生とかなんか恐れ多い方までリストに入っているのですが(汗)
その割に、もっと名前の出てきそうな方(例えばおぎのさんとか)が出てこないのはちょっと面白いですね。ちなみにSPYSEEのおぎのさんのページは、別のおぎのさんとプロフィールのレベルで混ざっちゃっててえらいことになってます。
一応、酷道関連はコメントを送っておいたけど、多分、直されないんだろうな。機械的な作業で間違いを含んでてもいいってスタンスが見えてくるので、まぁ別にいいんですがね。
えーっと、タイトルの発言は(c)ギレン・ザビ でございます(笑)
さて、知己がライトニングトークにでることになったと聞いたので、LL Futureというイベントに行ってきました。この手のイベントが色々行われているのは聞いてはいたのですが、参加するのは初めてなのですよね。
チケット買うときも、結局このLLイベントに皆勤している大学の先輩にロッピーの使い方教わったりしてたり。
さて、イベントの内容は多分どっかで出回るからおいておいて、気になったのは発表者が使ってるマシンです。とりあえずメモれた分を列挙すると
...えーっと、なにこの圧倒的な Mac 率。とか思ってしまったのです。(まぁ、それでも知己にその話をしたら、「まだその程度の割合なのか!」とか言われてたり...さすがです(^^;))
私が壇上に立つような(BSDとかUNIX系な)イベントがあったころは、いいところMacは1/3で、残りはThinkPadと、Let's等の有象無象だったのですが、もはやThinkPadですら散々たる割合なのですね。実感でも、こういうオープンソース系イベント(頼むからオープン系と言わないで欲しい、それは別のセグメントを指すから)にいくと、Mac を持ち歩いている人はごく普通に、つか「ノート持ってたらMacと思え」のレベルでいます。
その後、ありがたくも知己にお誘いを受けて飲み会に参加したら、目の前で「Mac はいい」という、コマンドラインとかこういう機能があるという具象的な、半ば自慢にも似た賞賛話をひとしきり聞いたわけです。初対面の人がほとんどで、全く知られていない私の名前ですので、私が何であるかは知らないのに。むしろ、そうして「良い」と言われるのが今のMacなんだなぁと感じていまいました。
しかし、iPhone を見かけたのは、知人をのぞけばわずか一人でした。やはり、オープンソース系の人はなんだかんだいいつつ鼻が利くというか、少なくとも今の、開発者に対するあの仕打ちがあるから、Macのような支持を受けていないんだなぁと思ってしまったり。
Vistaと聞いて、ふと思い出した台詞。君主論は家に数冊あるのですが(いや、出張先でふと読みたくなるとついつい買ってしまうので...)、探すのが面倒なので、このサイトから転記しました。
「加害行為は、一気にやってしまわなければならない。そうすることで、人にそれほど苦汁をなめさせなければ、それだけ人の恨みを買わなくてすむ。これに引きかえ、恩恵は、よりよく人に味わってもらうように、小出しにやらなくてはいけない。」
やっぱ、Windows Vista の一番の失敗はこの原則に反したこと、変革と互換性をごっちゃにしてしまったことだと思ってます。
Mac OS X は、さんざ非難されたけど、Classic という仮想Mac の中にかつてのOSを封じ込めて、さらに CFM については別途ローダとライブラリ(というか本来のMach-Oのライブラリへのスタブ)を独立して用意させることで、UI的にだけシームレスに動くようにして、Mac OS X そのものに過去の悪習を可能な限りOSそのものに残さないようにしてました。まぁ、確かに時間的都合もあり CoreServices の中にはQuickTimeとか色々残ってしまったけど、それはこまめに叩きつぶされております。
「過去を切り捨てる」という、痛みを伴う改革をOSXへの移行時に一気にやってしまったので、もちろんその時には恨み辛みはでたけど、結果的に最低限ですんでます。
なまじ過去との互換性というものにとらわれた結果、Vista はどっちつかずになっちゃってる、そのせいでいつまでも変革の痛みを感じ続けなくてはいけない、それで駄目だと感じられてるとしか思えない、のです。例えばUI一つを見ても、Aero で色々変えてこれまでの「勘」が使えなくなることをしておきながら、あっちゃこっちゃで旧来のUIも残しちゃってるとか。Aquaみたいに、いっそ全部変わってくれればまだ楽なのに、とか感じてなりません。(同じことは Luna の時にも思ったけどさ...。結局みんな Classic スタイルをつかう羽目に。)
いっそ、Classic みたいに仮想マシンの中でXP動かして、シームレスなGUIだけを用意してあげて、過去との互換性を押し込めて、Vista はもう互換性を無視してがんがん好きなことをやった方が、MSも、開発者も、ユーザにとっても幸せな解決策だったんじゃないかなと思えてなりません。要素技術(Virtual PC, XPのライセンス)は自前でもってるのだからさ。